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「スバリスト」だった日々。 [クルマ]

懐かしい写真が出てきたので、アップします。
かつての愛車、スバルレオーネ 4WDです。

撮影場所は、石川県の千里浜なぎさドライブウェイ。
全長約8㎞の、“クルマで砂浜を走れるドライブウェイ” として有名なところです。
撮影時期は、たぶん80年代終わりか90年代初めころ(記憶曖昧です 笑)。

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パッと見た目はノーマルなのですが、マニアックな小改造をしています。
ホイールをラリー用のアルミホイールに替え、タイヤも60のスポーツタイヤに。
バンパー下に、純正フォグランプを装着。
ヘッドライトを、ラリー用の120Wのものに交換。
気分は、チーム スバルの「ラリースト」だったのです。

当時 スバルは、今のような一般的人気は無かったのですが、同社の独自技術やクルマに対する考え方に、深く共鳴するマニアックなオーナーたちが存在しました。
それが「スバリスト」と呼ばれる人たちだったのです。私も、その中の一人でした(笑)

「スバリスト」同志は仲間意識が強く、スバル車同志が道ですれ違う時、サッと右手を挙げて挨拶していました。「スバルサイン」と呼ばれた挨拶です。当時は、街でスバル車を見ることが少なく、特に雪国以外でスバルの4WDに乗っているような酔狂な人は、ほぼスバリストと見て間違いなかったと思われます(笑)。


では、スバリストのスバル自慢を少々。

スバルは4WD(最近ではAWDと称する)技術で有名ですが、実は本格的なFF車を量産したのは、スバルが日本初なのです。ホンダじゃないのですよ。( ̄^ ̄)エッヘン

今では当たり前となったモノコックボディや4輪独立懸架などは、スバル360のデビュー当時からやっています。これももちろん、日本初ですね!( ̄^ ̄)エッヘン

4WDといえば、ジープみたいなクルマしか無かった頃に、乗用4WDを作ったのも、
世界ラリー選手権に、乗用4WDで挑戦したのも、スバルが世界初。
アウディーより先なのですよ!( ̄^ ̄)エッヘン

もっと自慢続けたいけど、今日はこのぐらいにしといたろ(笑)

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上の写真は、私が持っている、スバルに関する本の一部です。
その中から、私が乗っていた、「オールニューレオーネ4WD」に関する本を2冊ピックアップして、いかにもマニアックなその内容について、触れてみましょう。


ルイ子 MY WAY
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はやせ淳 という方が描いた漫画です。
主人公 ルイ子が操るレオーネ4WDターボが、ラリー選手権で活躍する中、それに纏わる人間模様を描いた物語。スバリスト以外の人が読んでも、きっと感情を移入できない孤高の作品です。
ちなみに、作者の方も濃い口のスバリストでした。
現実にも、レオーネは内外のラリー競技で大活躍をしています。
その後、実質的後継車種である「インプレッサ」が、WRCのワールドチャンピオンに輝くのです。


レオーネ4WDと大いなる自由の本
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レオーネ4WDの特性や優位点、4WDの操作法やドライビングテクニック、ドレスアップ法、競技への参加法方法、整備点検マニュアルなどを詳解した、超マニアックな本。
こんな本、よく商業出版されたものだと感心します。まあ、当時はインターネットなんぞ無かったわけで、こんなモノでも無いと情報入手が難しかったですからね。


私は、結婚前、FFレオーネに乗っていました。
4ドアセダンなのに、見た目イカツイ油圧式衝撃吸収バンパーが装着され、おまけにハンドルがクソ重たいスパルタンな1台でしたが、デート・カーとして活躍してくれました。

結婚を機に乗り換えたのが、今回紹介したレオーネ4WDです。
夏の旅行などにも利用しましたが、なんと言ってもゲレンデ・エクスプレスとして、大活躍してくれました。近場の関西エリアをはじめ、信州や妙高、岐阜、富山方面まで遠征したものです。
子供たちが幼い頃は、このクルマでお出かけでしたし、正に想い出はレオーネと共にあった、といった感じですね。

その後、トヨタ~日産と乗り換えました。クルマはすっかり日常の足代わりだけのモノです。
そういやスバリスト卒業と同時に、マニュアルミッションも卒業してしまいました(笑)
私は今、スバリストだった日々を思い出し、遠い目になっております。


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クルマを操るという感覚は、やはりマニュアルミッションだ!
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